苦しい不登校生活を乗り越えた事例を元不登校生徒のエンジニアが紹介

移動する子どもたち

悩む人
学校に行きたくなくて不登校になってしまった。
苦しいけど、どうすればいいかわからない

そんな悩みに答えます。

私は小学6年生から中学2年生の頃まで登校拒否をしており、いわゆる不登校生徒でした。
そのときは1999年~2001年頃なので、もう18年前の話です。(執筆時点:2020年)

当時、両親や祖父は私を見捨てていて、学校側もお手上げ状態でした。
私も学校行きたくないけど、このまま不登校だとまずい、
でも、どうすればいいのかわからないという状況でした。

しかし、そのとき、私は自分の考え方と行動を切り替えて、未来を変えました。
大学を出て、都内のIT企業に就職し、現在ではエンジニアとして10年経っています。

あの頃から不登校問題は良くなったのか?というと、
下記のデータによると、最近増えているようなので、あまり改善されていないのかなというところなので、
今回この記事を書かせていただきました。

平成30年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要
https://www.mext.go.jp/kaigisiryo/content/000021332.pdf

元不登校状態から立ち直った経験者として、そのときにした行動を紹介をします。

不登校問題の原因は人それぞれで多岐に渡るので、同じように解決できるかわかりませんが、
一つの解決事例として、不登校から立ち直りたいという方の参考になれば幸いです。

本記事の狙い

  • 不登校の筆者事例がわかる
  • 不登校を乗り越えるためにした行動がわかる

不登校のきっかけ

私の場合は、小学校6年生の頃の担任の先生がよく怒鳴る人だったことと
私の父親が短気だったことが合わさって、学校が嫌になって行かなくなりました。

どういうことかと言うと、下記の流れです。

  1. 担任の先生が、宿題をやらなかった生徒に対して、毎日のように大声で叱る
  2. 怒られるのが嫌で宿題をする
  3. 父親が私の宿題にこれじゃ勉強にならないとケチをつけて宿題が終わらない
  4. 宿題をやらないで学校に行くと先生から強烈に叱責を受けるので、
    学校に行きたくないと母親に駄々をこねる
  5. 学校を休む

発端はこれで、宿題をやらなかったこと以外にしても、今日行ったら先生に怒られると思ったときは、めちゃくちゃ駄々をこねて休むことが増えていき、見事不登校生徒になってしまったという具合です。

今考えると、完璧主義な思考がもたらした結果で、
もう少しゆるく生きれたらこんなにならなかったかもしれません。

小学校を卒業した後は、嫌いな担任の先生から解放されるので、
中学校からなら行けるだろうとなる気がしますが、
そうはうまくいきません。

不登校に慣れてきて、私の生活リズムは乱れており、
朝起きれない、ゲームばかりやっている、
周りからは腫れ物扱い、
登校したら白い目で見られるので行きづらい、という状況でした。

最初の原因はなくなっても、不登校状態になると、
元の生活に戻すまでの障害が分散されてしまうので、
立ち直るのが難しくなっていました。

 

不登校生活時の考え方

このときの思考はひどかったです。
中学生になって担任の先生と学校に来ない理由を話したのですが、
他責にばっかりしていました(笑)

下記のような理由です。

  1. 小学校の担任の先生と父親が悪い
  2. 父親が私の貯金10万円を勝手に借金返済に使ったからもう嫌だ
  3. 母親が朝ちゃんと起こしてくれないから起きれない
  4. 学校に行っても得しない、勉強意味ない
  5. 学校に来たときの周りの目が怖い

 

小学校の担任の先生と父親が悪い

これは、中学生の段階で、小学校の担任の先生が消えたので理由にならないんですが、
父親が嫌いなので、それに反抗してるみたいな理由付けをしていました。

父親が悪いから自分も学校は行かないという理屈です。

 

父親が私の貯金10万円を勝手に借金返済に使ったからもう嫌だ

これは、「父親が悪い」に関連していて、
父親が私がそれまで親戚からもらって貯めてたお金10万円ぐらいを
勝手に借金返済のために使ってしまったので、それにムカついてると言っていました。

こっちは我慢して学校に行ってるのに、悪いことされたからもう学校行かないと。

父親はよく借金を返すために他から借金をしていたり、
祖父からもお金を借りパクしているような人間だったので、
私の貯金を使ったことを謝ることはありませんでした。

だから父親の命令は聞かないという理屈です。

 

母親が朝ちゃんと起こしてくれないから起きれない

これは、朝母親の起こし方が悪いから起きれないと主張していました。
今考えると、ホント申し訳ない理由すぎて、胸ぐら掴まれても文句言えません。

本当は深夜1時まで宿題で悩んだり、ゲームしたり、テレビ見たりしてるから、朝めちゃくちゃ眠いだけでした。

自分が朝が絶対起きれないという思い込みがかなり強かったので、
学校に行かなかったときは昼過ぎまで寝ていて、
次の日の朝まで起きたまま学校に行くということもしていました。

普通に早く寝れば大丈夫だと全然思っていなかったことが致命的でした。

 

学校に行っても得しない、勉強意味ない

これは、もう誰もが思うことなので、やっつけの理由です。

今思っても、学校の勉強はおままごとだったので、意味ない気がしますが、
頭を鍛えるには、頭を使うしかないので多少は意味あったのかもしれません。

その頃に自分なりの目的意識を持って、そのために勉強しているという考え方ができれば良かった気がします。

 

学校に来たときの周りの目が怖い

これは、身から出たサビです。
しかし、正直しんどかったです。

朝起きれなくて遅刻して行くと、
教室に入るときみんながバッとこっちを見るので、
それが嫌で、朝起きれなかったら学校行かないということを繰り返してました。

 

不登校をやめようと思ったきっかけ

不登校をやめようと思ったきっかけはいろいろありました。

周りの人たちはなんとか私を学校に来させようとしていましたし、
自分でもどうしたら学校に行けるようになるのか、
それっぽいテレビ番組やマンガ、アニメを見て考えていました。
(本読むの嫌いだったので情報収集がテレビ、マンガ、アニメです。
当時はお金持ちの家しかインターネットとパソコンは使ってなかったと思います。)

例を挙げるなら下記のようなものです。

  1. 友達が毎朝迎えに来る
  2. 友達が学校に行かない理由を聞いてくれる
  3. 父親に蹴っ飛ばされる
  4. 母親に包丁を向けられる
  5. 引きこもり特集テレビ番組を見る
  6. 新世紀エヴァンゲリオンの最終回を見る

 

友達が毎朝迎えに来る

中学校の担任の先生からの頼みで友達が毎朝迎えに来てくれていました。
学校が始まっている時間帯には、担任の先生や他の先生が迎えにくることもありました。

ただ、周りに介護されて行くのはプライドが許さないというしょうもない感覚があったので、
どうしても行きたくないときは、ギャーギャー騒いだり、先生の手を振り払うこともありました。

周りが気を使っているのに、申し訳ないことをしていると感覚もあったので、
立ち直りを考えるきっかけになっていたと思います。

 

友達が学校に行かない理由を聞いてくれる

前から仲良くしてくれる友達が学校に来ない理由を聞いてくれるときがありました。

前述のようなしょうもない理由と、あとはどうすればいいかよくわからないと話したような気がします。
覚えているのは、「学校に来てくれたら嬉しい」というようなことを言ってもらえたことです。

 

父親に蹴っ飛ばされる

朝起きれなくて学校に行かない日は、そのままお昼まで寝ていました。

父親が仕事休みだったのか、「寝てねぇで、学校行け!」と蹴っ飛ばされるときがありました。
私は「おまえのせいでこうなったんだ」と思っていたので、
一回そのまま飛び出て、家出しようとしたときがあります。
でも、途中でお腹空いたので普通に帰りました。

 

母親に包丁を向けられる

ある日朝眠くて、学校に行きたくないと駄々こねたとき、
母親が包丁を持ってきて「学校行け!」と私に向けてくるときがありました。

そのときはびっくりしましたが、反抗したので、すぐに母親は部屋に戻っていきました。

あとで、優しかった母親にあんなことをさせてしまったと、何とも言えない気持ちになりました。

 

引きこもり特集テレビ番組を見る

このまま学校に行かない状態が続いたらどうなるのか?

引きこもりの特集番組をたまたま見たのですが、
働かないで家で何もしないで生活しているだけの様子が映っていたと思います。

自分の未来がこうなったらかなり嫌だな、と感じたことを覚えています。

 

新世紀エヴァンゲリオンの最終回を見る

当時レンタルビデオ屋でアニメのビデオを借りて見ることにハマっていました。

人気のあった新世紀エヴァンゲリオンが気になったので借りて見たのですが、
テレビ版の最終回を見たとき、私は結構考えました。

最後の3分間ぐらいシーン、セリフのほとんどが自分には刺さっていて、
要は、自分の受け取り方次第で、現実や自分の見方が変わる、
未来の可能性はたくさんあり、自分次第で変えられる、ということを言っていました。

だったら、未来を変えるために現状をやり直そう、と決めました。

 

不登校生活から立ち直るためにした行動

不登校となった当初の原因はなくなっているし、
学校に行きたくない理由は、朝起きれないことぐらいだったので、
私はどのようにすればいいか考えて、下記のように行動しました。

  1. 父親のことはあきらめる
  2. 朝起きれるようになるために23時には寝る
  3. 母親のせいにせず、寝る前に朝起きることを念じて目覚ましをセットする
  4. 周りから思われることを考えるのをやめる
  5. 勉強をやり直す

 

父親のことはあきらめる

父親のことを文句言ってももうしょうがない。
変えようがないとあきらめました。

 

朝起きれるようになるために23時には寝る

深夜まで起きていたので、普通に考えてそれをやめるようにしました。

また、朝まで起きていたら起きれないことはなくなるから、寝ないで学校に行こう、
と考えてよく失敗していたので、それもやめました。

私は絶対朝起きれないと思い込んでいたので、これで本当に解決するのかすごく不安でしたが、
まずは、自分を信じて決めたことをやりました。

 

母親のせいにせず、寝る前に朝起きることを念じて目覚ましをセットする

母親はもう私を起こしにこなくなっていたので、母親のせいにするのをやめました。

寝る前に明日は学校だから絶対朝起きると念じて、目覚ましをセットしていました。

これもうまくいくかわかりませんでしたが、信じてやるしかありませんでした。

 

周りから思われることを考えるのをやめる

一番しんどかったことは、学校に行ったときに周りのみんなの反応です。

例えば、下記のようなことです。

  • 遅刻して教室に入れば、みんなこっちをバッと見てくる
  • 「今日なんで学校来てるの?」と聞いてくる
  • 「休んでるとき何してるの?」と聞いてくる

もう何されても言われても仕方がない、考えるとまた学校行かなくなる理由付けして、
また学校に行かなくなってしまうから、と考えることをやめました。

最初は早く寝たり、目覚ましをセットしても起きれないこともありましたが、
もう遅刻しても何言われてもいいから、起きたら学校へ行く、という行動のみに集中しました。

ひたすら自分との戦いです。

こうしたことで、徐々に朝起きれるようになって、徐々に遅刻も減って、朝学校にも行けるようになりました。
もう18年前も昔の話なので直るまでの正確な期間は覚えていませんが、3ヶ月~半年ぐらいかかった気がします。

 

勉強をやり直す

学校にあまり行っていなかったので成績は悪かったです。
英語においてはさっぱりわからず、成績はずっと1でした。

学校に通えるようになるにつれて、高校に行きたいと考えていたので、勉強をやり直しました。
この頃は多分問題集やってたぐらいだと思います。

結果として、近くの平凡な高校に進学でき、なんとか不登校時代を乗り越えることができました。

 

まとめ

  • 不登校のきっかけは、完璧主義の思考の結果
  • 不登校生活時の考え方は、他責にばかりしていた
  • 不登校をやめようと思ったきっかけは、複数の今後を考えるきっかけのおかげ
  • 不登校生活から立ち直るためにした行動は、他責をやめて、自分を信じ、改善するための行動に集中すること

私のケースでは、たまたまいじめや精神疾患などの問題がなかったので、
自分の考え方と行動を変えるだけで、不登校生活を変えることができました。

人によっては、乗り越えるためにもっと障害があるケースもあるかもしれませんが、
一つの事例として、私の実話を参考にして、不登校から立ち直るきっかけにしてくれたら幸いです。

もし今、不登校の子に読んで欲しい本があるとしたら、
それはアドラー心理学の「嫌われる勇気」です。

なぜならこの本に上記の悩みを解消する考え方が網羅されているからです。

最近再び人生に悩んでいた私を楽にしてくれた良書で、
本が嫌いな自分でも読みやすかったのでおすすめです。

昔の自分に渡せるとしたらきっとこれでしょう。

紹介は以上になります。
読んでくださった方、ありがとうございました。

あなたの人生が良くなることを願っています。

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